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東京高等裁判所 昭和24年(ツ)7号 判決

上告人 被控訴人・被告 彌生株式会社

訴訟代理人 吉田三市郎

被上告人 控訴人・原告 小川庄太郎 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は別紙「上告理由書」の通りである。これに対する当裁判所の判断はつぎの通り。

上告理由第一点について

記録をみると、被上告人(控訴人)の代理人から提出の昭和二十三年十二月二日附第三準備書面に、原判決事実摘示中論旨引用部分と同趣旨の記載があり、同年十二月九日午前十時の口頭弁論期日に被上告人の代理人が右準備書面にもとずいて陳述をし、昭和二十四年一月十八日午前十時の口頭弁論期日に、原判決をした裁判官の面前において、前記十二月九日午前十時の期日における弁論をも含む「従前の口頭弁論の結果」を陳述していることがわかる。そうすると、原審は何も上告人所論のような誤解をしているわけではなく、上告人こそ誤解をしているということになる。

上告理由第二点について

昭和十三年法律第七十二号商法中改正法律による商法改正前においては、この改正前の商法第百四十九条にもとづき株主は定款に定ある場合の外、自由に株式の讓渡をなし得べく、株券がまだ発行されていない間でも当事者の意思表示のみによつて有効に株式の讓渡ができる。ただ記名株式は指名債権と同視せらるべきこと民法第三百六十四条第二項から明かであるから、株式の讓渡には同法第四百六十七条が適用せらるべく、従つて株式讓渡人から会社にたいして讓渡の通知をするか、または会社が讓渡を承諾するかでなければ、讓渡をもつて会社その他第三者に対抗することを得ないのだ、との見解が世に行われ、ことに大審院においてはほとんど確定的判例といつてよいほどであつた。

現行商法第二〇四条第二項は、右のような情勢のもとにおいて立案された前記商法中改正法律によつて新たにおかれた規定である。ということを心にとめてその文言を読むと、改正商法においても、株券発行前の株式は、定款に別段の定のないかぎり讓渡し得ることは、改正前商法についての解釈と同じであると解されるが、特に讓渡の効力について規定したところからみると、株券発行前の株式の讓渡に、民法第四百六十条七を適用すべしとの、前段に示した見解は、これを排除するものだと解さなければならない。

それならば、右法条は株券発行前の株式讓渡の効力をどういうことに定めたか。この規定の文言は「株券発行ノ前ニ為シタル株式ノ讓渡ハ会社ニ対シ其ノ効力ヲ生ゼズ」という、この「ニ対シ効力ヲ生ゼズ」はどういう意味であるか。

法律行為の有効もしくは無効その他ある事実に附せられる法律効果の当事者と第三者との間の関係について、いろいろの定め方が考えられるのであるが、まず第一に、当事者間において有効もしくは無効ならば、第三者に対する関係においても全く同様に有効もしくは無効である、とする。この場合には当事者はその法律効果をいかなる第三者にたいしても主張し得べく、いかなる第三者もその法律効果を否認することができないのである。第二に、当事者間において有効もしくは無効であることは、第三者にたいする関係においても同様に有効もしくは無効であるが、当事者から第三者にたいしてその法律効果を主張することを得ない。ただ第三者の方からその法律効果を承認することができる、とすることもできる。また第三には、当事者間においては有効もしくは無効であるが第三者に対する関係においてはかかる法律効果を生じない。とすることもできる。この場合には、当事者から第三者にたいしてその法律効果を主張し得ないのみならず、第三者の方からもその法律効果を承認することはできないのである。第一の場合はもつとも通常の場合であつてこれを表現する特別の用語例はないのであるが、第二の場合には、ある行為の有効無効その他の法律効果の発生を第三者「ニ対抗スルコトヲ得ズ」と規定するのがわが民法商法その他の法律における用語例であつた。例えば、民法第五十四条第九十四条第二項第九十六条第三項第百十二条前記改正前商法第二項第三十条第三項などである。また民法第百七十七条、第百七十八条、第四百六十七条、前記改正前商法第二十一条、第百五十条などのごとく、いわゆる対抗要件を定めて、「何々スルニ非ザレバ(即ち対抗要件のそなわらないかぎり)第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」と規定される場合の、まだ対抗要件のそなわらない間の法律効果もまた、第二の場合と全く同様であるとの見解が、反対説を圧して有力であつた。前記商法中改正法律は右のような状況のもとに立案されたものであつて、第三者「ニ対抗スルコトヲ得ズ」との用語例も従前にならつて用いることは改正法の第七条第二項第三十八条第三項第二十四条第二項第二百六十条第一、二項に明かにあらわれている。従つて改正法において上告人所論のごとき意味の規定をおくつもりであれば「会社ニ対抗スルコトヲ得ズ」としなければならない。しかるに、第百九十条のいわゆる権利株の讓渡に関する規定と同じく「会社ニ対シ其ノ効力ヲ生ゼズ」との文言を用いてある以上「会社ニ対抗スルコトヲ得ズ」とは違うものと解せざるを得ない。では、いかなる意味の規定かといえば、その文言からみて、前記第三の定め方をしたものと解するのほかないのである。従つて株券発行前の株式の讓渡は会社にたいする関係においては、全く無に等しく、なんらの法律効力をも生ぜず、従つて、会社の方から承認することは、これまたなんらの効果を生じないわけである。これと同趣旨の原判決はまことに正当である。所論は右と全く相反する見解をとり、これにもとづいて原判決を攻撃するものであつて採用することはできない。

上告理由第三点について

上告人の主張は、株券発行前における株式の讓渡は会社に対する関係においてなんら潜在的な効果を生ずる、言いかえると、株券未発行ということによつて、効力の発現をおさえつけられており、これがなくなると現実の力となり得るところのある効果を生ずる、との見解に立つてのみ是認せられる。ところが、株券発行前における株券の讓渡は、前点について説明した通り、会社にたいする関係においてはなんらの効果もないのであるから、無から有を生ずる理なきと等しく、その後に株券の発行があつたからとて、讓渡の効力を生ずるわけはあり得ないのである。従つて原判決に所論のごとき違法はないといわなければならない。

以上の通り、論旨いずれも採用に値しないから、本件上告は理由なきものと認め、民事訴訟法第四百二条第八十九条により、主文の通り判決する。

(裁判長判事 中島登喜治 判事 小堀保 判事 藤江忠二郎)

上告理由書

第一点原判決は、その事実摘示で、控訴人等代理人において「かりに被控訴人の主張の通り控訴人等が昭和十七年二月二日訴外日野郁次郎に本件株券を讓り渡したものとしても、被控訴人が株券を発行する前に讓り渡したものであるから(被控訴人は一般株主に株券を発行したのは昭和十八年三月二十日であると主張している)右讓渡は商法第二百四条二項によつて被控訴会社に対してはその効力を生ぜず、被控訴会社との関係では控訴人等は株主たる資格を失つていない」とのべ云々と判示している。しかし、控訴人等の代理人は、原審でこんなことを述べたことは一度もない。

控訴人等の代理人は原審の口頭弁論で、昭和二十三年九月二日に第一審判決の事実摘示の通りに述べ、同年十一月九日に同月五日附の準備書面に基いて述べ、同年十二月九日に同年十一月十五日付第二準備書面に基いて述べ、昭和二十四年一月十八日に前弁論調書の通りに述べた外何等の陳述をもしていない。そうして、準備書面には控訴人等の請求に依らず本件株式の名義を日野郁次郎に書替えたのが、違法であると主張していますけれども、第一審判決にも二つの準備書面にも、原判決の摘示したような主張は全く書いてない。原判決は控訴人等の申立てないことを、申立てたものと誤解した違法がある。

第二点被上告人等の上告会社に対する株券交付の請求について上告会社は、被上告人等は昭和十七年二月二日(株券発行前)に、本件の株式を日野郁次郎に讓渡したから請求に応じられたいと抗弁した。これに対して原判決は、株券発行前に為した本件株式の讓渡は商法第二百四条第二項によつて会社に対して効力を生じないから、上告会社の抗弁は失当であると、この抗弁を排斥して上告会社に敗訴を言渡した。そうしてこの原判決には上告会社から進んで讓渡の効力を認めることをも同条の許さないところであるという意味を含んでいるものと解されるけれども、これは誤りである。

第百九十条第一項で所謂権利株の売買まで認めた新商法が、その第二百四条第二項の規定を設けて、株券発行前の株式の讓渡は会社に対して効力を生じないものとしたのは、どういう訳だろうか。株式はなるべく円滑に転々させるのが株式会社制度の本質に合するものである。これ第百九十条第一項の生れた理由である。

然るに敢て第二百四条第二項を規定した理由については、少しく沿革を考えないわけにはいかない。旧商法は会社の設立登記前の株式の讓渡は禁止していたけれども、株券発行前の讓渡は自由であつた。讓渡を認めた以上は、その讓渡の対抗力を充す方法がなければならないという考え方で、判例、学説共に記名債権讓渡の場合に準ずべきものとした。従つてこの種の株式の讓渡は讓渡人から会社へ通知することによつて、会社その他の第三者に対抗することが出来るとされていた。尨大な株式数と多数の株主とを擁する会社が、株券未発行の株式の讓渡を、讓渡通知によつて対抗されたのではその整理に忙殺されないとは保し難い。これ新商法が権利株の売買や株券の裏書による讓渡を認めながら敢て第二百四条第二項を規定した所以である。

商法第二百四条第二項に「会社に対し其の効力を生ぜず」というのは、「会社に対して対抗することを得ず」というのと、どれだけ違うだろう。何れの場合も当事者間に於ては讓渡の物権的効力を生じていることに変りはない。或る権利が当事者間で移転しながら、ある第三者に対してその効力を生じないとか対抗することを得ないとかいう観念については、学者によつて必ずしもその説くところが同一ではない。しかし、当事者間で権利が移転したことの効力を、第三者に主張し得ないとする点では、両者共同一である。

「対抗することを得ず」と規定された場合には対抗条件を充すことによつて対抗力を発生し、対抗力を充す権利は存在するのが常態である。別言すれば対抗条件の未完成な状態にある場合に限つて対抗し得ないとするのが常である。これに反して「その効力を生ぜず」と規定した場合には対抗条件の如き或る種の条件を充して効力を絶対にすることを予定していない。こういう相違はあるけれども、或る権利が当事者間に移転していて会社その他の者が、その権利の移転を否認し若くは無視し得る権利を有する状態にあるという点では同じである。然らばこの否認又は無視し得る権利は、具体的な事案に対して抛棄し得ないかどうか。これが、事柄の本質又は公序良俗乃至公共の福祉から来ているものならば抛棄し得ないのは勿論である。けれども、会社などを保護する為に規定されたものだとすれば、これを抛棄し得るのは当然である。株式讓渡の意義もしくは理論構成に於て、学者の説くところ必ずしも一様ではないけれども、どんな学説に従つても株券発行前の讓渡は会社に対して効力を生じないのが本質上の帰結であるとするようなものは一つもない。又同条の規定が、公序良俗や公共の福祉に関する要求から生じたものとする理由は想像されない。こういうことを主張する学説も存在しない。前にも一言したように、この規定は会社を事務的な混雜から保護する為にすぎない。果して然らば上告会社が進んでこの讓渡の否認権を抛棄して被上告人等から日野郁次郎への讓渡を認めることは自由であつて適法である。株券発行の前後を問わず株式の讓渡を受けた者が、未だ名義書替の請求をしない場合に、会社がこの讓り受人を株主と認めることは、証券取引の実際に照して不当であつて法律上許容されないと論ずる学者もあるようだけれども、本件では讓り受人の日野郁次郎が名義書替の請求をしているのだからこの点は問題にならない。

第三点商法第二百四条第二項に謂う所の「株券の発行」とはどういう意味だろうか。滅失した株券の再発行や、百株券を十株券に変換するような場合の新株券の発行などは含まないものと解することに異論はなかろう。同条の「株券の発行」とは会社の設立や資本増加や吸收合併やによつて、一群の株式が成立した後に最初にこの株式に対する株券を発行する場合に限るものと確信する。そうして、株券の発行とは、個々の株主に対して現実に株券を交付することを意味するか、又会社が一群の株式に対する株券を準備し、直ちに株主に交付し得る状態に置き一定の交付日を全株主に通知し、その交付日が到来したときに株券は発行されたとすべきか。株主の平等性と株式の劃一性とから考えて後者を採るのが当然である。

原審昭和二十三年十二月九日の口頭弁論で、控訴人等の代理人は被控訴会社の株券の発行日の釈明を求めることを第二準備書面に基いて陳述し、被控訴会社の代理人は第一準備書面に基いて、株券発行の日を昭和十八年三月二十日と主張し、控訴人等の代理人は、口頭弁論の終結に至る迄、この事実上の主張に対して明かに争わなかつたことは記録に照して明白である。従つて株券の発行前たる昭和十七年二月二日に、被上告人等が本件の株式を日野郁次郎に讓渡し、翌十八年三月二十日に株券が発行されたという事実関係になる。

株券発行前の株式の讓渡は、会社がこれを是認することをも許されないものと仮定した場合に、この株式讓渡の会社に対する効力は、株券の発行に依つて何等の影響を受けないか。株式はその本質として讓渡性を有し、円滑に転々するのを本来とし、名義書替(商第二〇六条)をすることによつて会社その他の第三者に対抗することを得ること言を俟たない。本来讓渡可能なものが株券の未発行という事実によつてその効力を制限されていたとすれば、その効力を制限する原因となつた事実が消滅すれば、そのときから制限を解除されるのは理論の当然であり、妥当感の肯定するところである。そうして、こう結論することによつて、何等の弊害も不都合も想像されない。

商法第二百六条による株式の名義書替未済の株式讓渡を、進んで会社が承認することの違法なことは通説の認めるところである。のみならず、本件では讓り受人日野郁次郎の請求によつて上告会社が名義書替をしているのだから今日では問題にならない。被上告人の代理人は原審で被上告人等の請求を俟たず名義書換をしたのは不適法であると論難したけれども、名義書替請求権者は株式の取得者であることは、有力な学説の一致するところである。上告会社の定款も、その第九条第一項但書でこれを認めている。

原判決が、昭和十八年三月二十日に、上告会社の株券が発行された事実を看過して上告会社に敗訴を言渡したのは、理由不備の擬律錯誤の違法を免れない。

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